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2006年7月 6日 (木)

マインドコントロールに抵抗する 下

「現代のエスプリ」1998/4

マインドコントロールと心理学より、

「説得されないために、心に留めておくこと」(安藤清志)

その⑫ 誰だかわからない人から影響を受ける立場に置かれたら、その相手と自分をはっきり区別して特長づけること。視線をきちんと合わせたり名前を確認することによって、自分と相手のアイデンティティを管理する。

〇 カルトの勧誘者は、しばしば自分の身分や組織名を明かさなかったり、積極的にそれらを偽る。勝手な推測は禁物、はっきりと相手に確認すべきである。「身分証明書」が信用ならない場合も少なくない。その時点で、えられた情報をもとに、相手と自分との関係をはっきりさせよう。また、「私も~県の出身なんですよ」などと類似性を強調して「われわれ感情」を抱かせる勧誘者もいる。それが本当かどうかその場で確認するのは困難であるが、この後で判断を求められる場合には十分に注意が必要である。

その⑬ 自分が統制できない状況、自由の少ない不慣れな状況を極力避ける。そのような状況に入ってしまったら、多少の混乱が起きても不快感をおぼえても、すぐに離脱しよう。最後まで離れなかった場合に被る損失に比べれば、安い「授業料」である。

〇 不慣れな状況では、自分がどのような判断をすべきなのか、どのように振る舞うべきなのか迷うのが普通である。そこで私たちは、周りにいる人々を眺め回して、その人たちの判断や行動を参考にする。そのような時、周りにいる人が説得者の「サクラ」だとしたら、私たちの判断や行動はいとも簡単に影響されてしまうだろう。その意味でも、不慣れな状況で何かを求められた場合には、すぐにその場所から離れた方が賢明である。少なくとも、そこで判断したりアクションを起こしてはならない。

その⑭ 一歩身を引いて冷静な目で物事を判断する練習をしよう。とくに、策略をめぐらせる操作者とのやり取りをするときには感情を切り放すことが重要である。

〇 感情は、人間の行動を強力に動機づける。したがって、勧誘のプロはその感情を操作することに長けている。ある時には、お世辞を言って自尊心をくすぐり、ある時には「手相がよくない」と言って不安感を煽る。一時的には自尊心を傷つけるようなことを言って挑発することもある。自分の感情の動きに注意を向けるのもよいし、相手の行動が本号にあげられている説得の技法のどれにあたるのか、頭の中でチェックしてみるのもよい。いずれのやり方でも、喚起された感情を一時的に静めることになるのだろう。

その⑮ お世辞に乗ってしまうことが、マインド・コントロールしようとする人を調子づかせてしまう。自分が信頼している人を思い浮かべその人ならどのように考えるか想像してみよう。

〇 一部のカルトは、勧誘の初期の段階で被勧誘者を賞賛することを一つのテクニックとしており、「愛の爆弾」、「賞賛のシャワー」などと呼ばれている。心理学の研究では、お世辞だとわかっていても、誉められるとその相手に好意を感じてしまうことが示されているので、注意が必要である。残念ながら、彼らの賞賛の言葉は、あなたが賞賛に値する人間だからではなく、マニュアルに書かれているのであなたに向かって発せられるのである。

その⑯ 罪意識を感じるように他者から誘導された場合、それに駆られて性急に行動してはならない。とくに、それが他人によってお膳立てされた行動であるときは注意が必要である。

〇 罪悪感を感じて良い気分になる人はいない。そこで、何とかその罪悪感を消し去ろうと、いろいろ考えたり(言い訳)、行動しようとする。自分がそのような罪悪感を感じる必要があるのか冷静に考えてみる必要がある。また、説得者は、何をすれば「罪のあがない」ができるのか、その材料を用意する。その行動をとると、説得者の利益に貢献するが、自分にとっては、大きなコストが待っている。ふだんから、「自分の責任」について考えておく必要もあるだろう。「日本はかつて韓国を支配していたのだ。韓国人に対して悪いと思わないか」「あなたは、せっかく親からもらった潜在能力をいかしきれていないのだ」「アフリカでは多くの子供が餓死しているというのに、あなたはこんな裕福な生活を享受していて何も思わないのか」・・・・・。

その⑰ 人は一般的に、慣れた状況のもとでは自動的に行動しがちになる。状況のわずかな違いに目を光らせ、自分が何をしているのか注意深く考えよう。

〇 不慣れな状況も問題だが、「慣れた」状況には別の問題がある。人は、ある手がかりに基づいて「いつもの状況」だと判断すると、「いつもの行動」を自動的に行ってしますのである。説得者は、そうした手がかりを巧みに操作する。本当にいつもの「慣れた」状況なのか、だだ、そう見えるだけなのか、些細な違いにも注意して考えてみる必要がある。人間は、おそらく自分が信じているほどには、意識的に行動していないのである。

その⑱ 行動の一貫性を貫く必要がない場合もある、と考えよう。「首尾一貫した信頼できる人にならなければならない」と言う考えに固執し同じ行動をとりつづけることが、まずい結果を招いてしまうことがある。

〇 確かに、言動が一致しない人、行動に一貫性が掛ける人というのは、よい印象で見られない。しかし、カルトに限らず勧誘者は、最初に何か行動させることによって、その行動と一貫した方向にターゲットの行動・感情・認知を導こうとする。「一度行くと言ったんだから、約束通りに行かなきゃ」「ここまで来たのだから、今さら帰るなんて言えない」などと考える必要はない。そもそも、最初の行動を取らされる時点で、既に操作されている場合もある。そんな行動と一貫性を保とうと一生懸命になることはない。危ないと思ったら、堂々と前言を翻そう。

その⑲ 権威に対して盲目的に従ってはならない。非合法的な権威に対しては、いかなるときにも拒否の姿勢を示す必要がある。

〇 残念ながら、権威(あるいはそのシンボル)に対して自動的に反応する傾向があるからこそ、このような注意が出てくる。「本当の権威」に倣うことは、われわれ自身を向上させる良い機会になることが多いのは確かだろう。しかし、権威は、それを装うこともできる。相手が本当にその領域での権威なのかを、さまざまな視点からチェックする必要があるだろう。

その⑳ 手続きや規則の変更が不公正に行われた場合には、深いな感情を示したり口頭で意義を唱えるだけでは十分ではない。従ってならないのはもちろんのこと、公然と批判し、反抗し、挑戦すべきである。

〇 カルトは、勧誘の最初には「宗教ではない」と言って安心させることがある。そして、親密な関係が出来上がった後で、宗教であることを認める。「最初から宗教だと言っていたら、このような真理を学ぶ機会を得られなかったんですよ」などという相手の釈明を受け入れてはならない。

以上 下編でした。(自分の記憶用です)

今回の内容も当たり前の事ばかり、でも難しいです。( ´ー`)フゥー...

しっかりと頭の中に (*゚ー゚)φ メモメモ... しなくちゃ。

このお話はこれにて終了です。

最後までお付き合いして下さった方お疲れ様でした。(*_ _)

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