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2007年5月 9日 (水)

広島の伯母

4月の中ごろ、

広島のいとこから電話がありました。

肺炎になってるので、

来てほしい。

いとこにはお薬が合えば、うそみたいになおるからねと

それが精一杯でした。

いとこのお姉ちゃんは

とてもつらそうで自分を責めているようでした。

広島の伯母は母の姉。

戦前生まれの宝塚好き。とてもかわいい人でした。

長男が妊娠中に盲腸になり、

医者や家族からの反対を押し切り、

今みたいに家族会なんて

なかった時代なので知的障害児を抱えながら

がんばった人でした。

大たい骨骨折で入院して、

リハビリを始め、そろそろ退院というときでした。

術後肺炎にかかったそうです。

両親は次の日に広島へ

その時、もう人工呼吸器をつけていたそうです。

そして、連休前連絡がきました。

いとこはこの間とは違って、おなかがすわっていました。

両親はまた広島へ。

かえってきた両親が話すこときくと、

おじさんは医者が言うことを信じてくれていたそうです。

肺炎で苦しがっているので薬で眠ってもらっていると。

亡くなった時、医師から解剖しますかという話が合ったそうです。

訴訟が多い時代なんだなと感じました。

おじさんはまだまだ若いから、

これからがんばってくださいと医師にいったそうです。

いとこは病院を変えた事、

退院間じかだったから知識があれば何か起こしていたかも知れません。

今はいとこのお兄ちゃんがその事をどんな風に理解しているかが

気になります。

お母さんべったりの人だったから。

45日が過ぎたら一度連絡してみようかな。

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